どのように思考のスタート地点に立ち、課題に向かって踏み出していくのか―2月17日開催のABCフォーラムでは、企業や自治体と事業構想などのプロジェクトを共にしてきた加形拓也氏を講師に迎え、アイデアの引き出し方などマーケティング論を超えて広くビジネスパーソンに役立つスキルをお話しいただきました。参加者428人に向けられた経験談は急速な技術革新の中で、人間自らにも磨くべき技術があることや、ゴールを目指すうえで工夫するべきポイントを示してくれました。
「違い」を力に変えるマーケティング
~“体験の鎖”と“未来曼荼羅”を活用したデートカウンター効果~

株式会社 電通
グローバル・ビジネス・センター
チーフビジネスデザインディレクター 加形 拓也 氏
私は長くマーケティング畑で、クライアントの新商品開発や事業構想のサポートをしてきました。日本企業からインド・タイなどの海外企業まで、色々なクライアントとご一緒してきました。クライアントの技術的な資産やネットワークなどを活かしながら「未来の社会はどうなるか」という視点でアイデアを生み出し、形にしています。また、ここ十数年は、富山県や茨城県など、いくつかの地方自治体のアドバイザーとして働いています。最近は地方でアイデアを実装したいという民間企業と自治体のコーディネートを行うこともあります。
「問い」を引き出すデートカウンター効果
自らの業務時間を振り返ると、今や7~8割はAIと一緒に過ごしているような感覚です。AIのさらなる普及を見越して、米国で解雇が始まったと聞くと、人材が不要とされる未来に怯えてしまいます。クリエイティブ生成は実用化レベルに達し、広告運用のアルゴリズムは自動的に最適化され、データ分析にもマーケターのさじ加減が入る余地がなくなりつつあります。将来的に業務は効率化されますが、多くの企業はプラットフォーマーから提供される同じモデルを使わざるを得ず、他社に競り勝つどころか、均質化してしまう危機に瀕しています。では、どうしたら良いのでしょうか。
人間に問われるものをあえて3つ挙げるなら①どう顧客と接するか?―同業でも顧客との接し方次第で得られる情報は異なり、顧客解像度に違いが出る②“私たち”とはだれか?―ブランドには拠って立つ始まりがあり、これは決してアルゴリズムでは作れない。“私たち”が譲れないものは企業によって異なる③なにが大切か?―同業でも、どのような顧客をメインに据え、大切にしていくかは企業ごとに異なる。これらの問いにどう答えていくか、そもそもいかに問いを立てるかが非常に重要です。AIが普及する中で、人間には「問う力」が求められています。しかし、いきなり「専門的観点からAIにはできない人間らしい問いを立てて下さい」と言われても困ってしまいます。良い問いを出すためには、まず沢山の候補を出した方がよいはずです。そのため、質問自体を少し感想めいたところから始め、その中で「これは本質的な問いかも」と発見できるようなプロセスが有効ではないかと考えています。
「デートカウンター効果」をご存じでしょうか。初めてのデートで、相手と正面から向き合って
会話すると妙な緊張感があるのに、バーや寿司屋のカウンター席で隣り合えば、テーブル越しに同じ景色を眺めることで話が広がります。会話が弾むだけではなくて、気軽にコメントしたり、質問したりする中で相互理解も進みます。私はこの効果をプロジェクトの中で引き出せるように工夫しています。
プロジェクト事例 1.食品メーカーの新規事業構想
①同じ景色を眺めることから-電通未来曼荼羅の活用
以前、冷凍食品で知られる大手食品メーカーさまから、柱になる新事業を作りたいと相談がありました。同社は製造技術や仕入ネットワークに加えて、低温物流の強みもあり、本来なら統合的な資産活用で事業を生み出せるはずの大企業です。しかし、巨大ゆえに機能別に事業会社化され、縦割りの壁があると伺いました。そこで、デートカウンター効果を活用したプロジェクトをご一緒しました。新規事業立ち上げのワークプランのポイントは、いきなり会社が何をやるかを考えないことです。つまり、初デートで正対するような緊張を避けます。そのため、食品メーカーながら“食”にすらこだわらない幅広い将来予測から始め、後半戦で何ができるか考えようと決めました。まず、大きな未来に目を向けて課題の種を見つける「探索」のステップを踏むことが肝心で、その足掛かりとなるツールに『電通未来曼荼羅』があります。
私はここ数年同ツールの編集長を担当しており、色々な業界で事業構想を手伝っている電通グループのメンバー約20人や社外有識者と共に、2030年代の未来はどうなるかという視点で制作しています。毎年、編集開始の1月に各自が1年かけて予測し温めてきた話題を披露し、その数百にも達するテーマの山を前に、喧々諤々の議論を重ねながら72テーマにまで絞り込みます。ニコチンやアルコールに代わる物質ではない嗜好品としての「ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)」に関する踏み込んだ予測、生涯現役時代の到来や6G通信など内容は多岐に渡りますが、決してマクロ的な話題だけではなく、ひとつの業界の変化ながら、他の業界にも影響を及ぼすと見られる動きにも着目しています。テーマ別のページでは、リサーチしたデータを紹介しつつ、トピックとして30年に向けた変化の萌芽を盛り込み、30年代の生活者の心理・行動から、まだ兆しすらない新サービスの登場に至るまで、数字で表しきれない変化も野心的に予測しています。どの会社の事業構想も自らの業界にとらわれず、広く未来に目を向けなければなりません。未来曼荼羅は、その一助となるように、当社が例年約1千時間かけて制作する未来仮説集です。
②未来に何を見たか、沢山の仮説を出し合う
冷凍食品メーカーさまでも、72テーマを眺めながら専門や役職に関係なく気になることを遠慮なく話してもらい、プロジェクト初日から幅広い分野の仮説が150ほど出てきました。いい意味で無責任に話してもらいながらも、各自のアンテナが捉えた理由を聞くと、営業畑や技術畑などの違いはあっても実は近しい背景を持っていたり、意見の重なり合いが見られたりして、議論の道筋ができることもあります。同社は以前、人工肉を研究していたそうですが、高い品質基準にかなう味にならず、お蔵入りになったそうです。しかし、あらためて仮説を論じる中で「生活者の意識が変わっていくかもしれない」「今ならもっと美味しく製造できるかもしれない」などメンバーの前向きな意見が重なりました。環境負荷や健康に対する意識の高まりから動物の肉よりも人工肉の方が良いと感じる人が半数近くに達したとする、米国での調査結果もあり、全員が「この兆候は無視できない」と同じ意識を持つことができました。デートカウンター効果の最たる成果は、将来大きな変化になるか、また自社で取り組めるかさえ分からなくても、気になる動きを洗い出せる点にあります。間違いなく起こると思われる変化には大企業として確実に対応する必要がありますが、“もしも”の場合にも備えておかなければなりません。将来的に人工肉市場が大きくなれば、既存の事業が時代遅れになるかもしれず、そのために注視すべきポイントをいくつも発見することができました。仮説を出す段階で「何ができるか」までを考えると、「もしこの発言をすると、仕事の責任が自分の部署にふりかかってしまうかも」という心配からポジショントークに陥りがちです。まずは、ひとつでも多くの仮説を出すことに集中します。それが次に爆発的にアイデアを出すことに繋がります。
③将来への課題とアイデアをもとに羅針盤を作る
メンバーと共に200頁に及ぶ調査報告書をまとめた後、ようやく、世の中に対して何ができるかを考えていきました。この段階に入ると「以前のあの手が使えるぞ」「あの部署とこの部署が連携すればいいね」「それはうちの部署が引き受けるよ」など次々に話が進み、チームビルディングにも手応えがありました。100以上のアイデアから10個残れば十分と考えていたところ、30個以上の案を具体的に検討することになりました。
では、アイデアの実現に向けてどのように推進力を付けていくべきか。実は同社ホールディングスのウェブサイトには、議論の集大成と言える未来事業コンパスを掲載しています。その中央には変化の兆しや人が何を求めるようになるか仮説をまとめ、そこから放射線状に今後起こり得る変化に対して自社がいかに対応するかというアイデアを展開しています。まさに同社オリジナルの仮説集になっており、コンパスの外周部には、AIによるレコメンド技術など、現時点では自社の技術資源にないものの、外部協力を求めれば実現可能なアイデアも加えています。これを対外的に発表することで会社の意思が明確に伝わり、技術提供を受ける場合も円滑に運ぶはずです。ホールディングスの事務局に事業会社が集結して取り組んだ本プロジェクトは、その後の研究や出資などにも繫がり、数年の間に新商品や新規事業として5つ以上が実を結びました。現在もこうしたアプローチで色々な企業の挑戦を支援しています。
プロジェクト事例 2.上市町の課題に向き合う
①目標までの「体験の鎖」を作り、眺めてみる
富山県上市町のプロジェクトでは、カウンターの向こうに生活者の「体験の鎖」を作って、そこから「問い」を出すことに挑みました。いわゆる「エクスペリエンスデザイン」の応用事例です。2015年度からの地方創生人材支援制度で国家公務員や民間人材が自治体に派遣される中、町づくりに関心があった私は、地域に目を向けている多数のクライアントにも背を押され、社内公募を通じて上市町に派遣していただきました。
町長は電通から赴任した私に、町に人を連れて来るようなプロモーショナルな働きを期待されていたようです。確かに、都内各所に地方自治体の移住PRポスターが貼ってあり、有楽町駅前などで自治体のブースに名産品が並ぶイベントもよく見かけます。ただ、赴任してあらためて考えてみると、ポスターを目にした人が自分事として捉え、移住を決断するイメージが全く湧きませんでした。移住者向けセミナーやお試し移住制度など、いずれも大事な施策であると理解はできますが、果たしてこれらがひとつの流れとして移住に結び付いているのかと疑問に思いました。
かつての民間企業は「宣伝部門はブランドをつくり、営業部門は稼ぎ、アフターサービス部門は顧客満足度を上げる」のように縦割りになりがちでしたが、今では「商品を知ってもらい、買ってもらい、リピートしてもらう」という一連の体験を重視するエクスペリエンスデザインの意識が浸透しました。そして、この体験が途切れることがないように気を配っています。例えば、運転好きなパパは快適に走行できる輸入車が欲しくても、その性能を知らないママからは国産車より割高になることもあって理解を得られず、購入を断念するケースがあります。そのため、ブランドを統括する本社は販売会社と連携しながら、家族を説得するためのリーフレットを製作し、家庭内ワークショップなどで、助手席のママや子どもたちにも快適な体験を繋いでいく努力をしています。私はこれを移住・定住の促進に活用できると考えました。まず、マーケティング用語の横文字を、門外漢にも親しみやすく「体験鎖設計」と改め、自治体の施策からなる体験の数々を鎖にする作業を始めました。

②鎖の途切れを点検しながらアイデアを出す
人口減少を食い止めるうえで、町には大きな達成目標があるはずですが、実際に年間何家族・何人の移住があればクリアできるかを問うと口ごもる方が多くいました。そのため、そうした方々にあらためて試算してもらい、学校・病院など町の機能を維持するためにも、3~4人家族に年間10家庭ほど来てもらえるように努めようと目標を共有しました。派遣される前に受けた「自治体職員だけではなく『産官学金労言』を巻き込まないと町は変わらない」という訓示を思い出し、関係各所に、一緒に町の将来について議論してほしいと手紙を送りました。その甲斐あって約30人に集まっていただき、まず、ワークショップを通じて複数のペルソナを設定したうえで、それぞれが、どのようなカスタマージャーニーを辿るのか体験の鎖を作りました。もちろん、いきなり「町の課題は何ですか?」と問うことは避け、後半戦で鎖の途切れを点検しながらアイデア出しする手法です。
地方自治体は東京でイベントを開催しがちですが、実は上市町にとって最も多い人口流出先は富山市です。県内の皆さんは新築で家を建てる傾向にあるため、子どもの小学校入学前が勝負の分かれ目になると考え、マイホームの検討段階から移住するまでをイメージして鎖を引いてみました。上市町から富山市までは車で30分弱の近さにあり、市内への通勤・通学者が数多くいます。そのため、上市町からすると富山市は“お馴染み”の場所であり、逆もそうだろう、と考えていました。ところが、富山市民の多くが上市町を訪ねたこともなく、親しみもないことから町内に家を建ててもらうには難しい状況にあると分かりました。そこで、まずは町の良さを知ってもらうことから始めようと、体験のスタート地点を再設定しました。この他、大概の子どもは高校進学と同時に町外に活動の場を移し、都市圏にも出ていくため、町に有名企業の本社や工場などの働き場所がある事実を知らない可能性が高いと推測したことで、就職活動のタイミングでしっかり認知を図るべきだと気づきました。こうした途切れの発見も体験鎖設計の大きな効果です。
町の方々はマーケティングに関していわば“素人”ですが、町については“玄人”です。みんなで体験鎖をつくることにより、町に関する隠れていた思いや知見が数多く引き出され「それなら、これをやればいいのでは」というアイデアが生まれました。移住をおすすめする前に「まずは観光に来てください」とお誘いするべきなのに町なかに肝心の宿泊施設がないと気づいたときも、これを全員が課題認識したことで大きな力を発し、スナックのママから頂いた古民家活用の有り難い提案に町役場や地域の力が加わり、ゲストハウスの設立まで漕ぎつけました。寝泊まりだけで、食事の提供や浴場もない施設ですが、徒歩すぐの場所に銭湯や喫茶店があったため、町全体でホテルの機能をつくりました。築120年超の古民家の水回りには苦労しましたが、ワークショップの縁で各所から手助けいただき、低予算で開業できました。オープン以降30カ国近くの方々が宿泊してくださり、上市町を体験してもらう中で交流が生まれ、今では新たなゲストハウスも開業しています。地域ぐるみで引いた体験の鎖は、確実に前向きなアクションに繋がっています。
いつもの自分から少しだけ離れてみる
プロジェクトでは、誰もが自由に問いを発せられるように工夫することが重要です。良い問いがあってこそ、良いアイデアが生まれます。未来曼荼羅を使わなくても、普段追い込まれがちな「すぐにアクションを考えなくては」という強迫観念から少し離れて、自由にコメントできる材料があれば十分です。新聞・雑誌から気になる話題を挙げてみてもいいと思います。そして、色々な人を巻き込むことです。あえて面倒臭い人も呼びましょう。経験豊富で失敗もあるがゆえに時として壁になりがちな人たちこそ、デートカウンター効果の活用で前向きにアイデアを出し、実行段階で大きな推進力になる場面を何度も見てきました。
大きなプロジェクトに限らず、普段からできることはあります。私の同期で、今や日本代表するクリエーターである嶋野祐介君は、自らの視野を広げるために定期的に「タイムライン交換会」をしているそうです。SNSは自らの価値観に合う情報ばかりが表示されるため、偏りがちな意見が社会的分断を生むと指摘される中で、毎月1回、あえて立場の違う人たちで集まり、各自が見ているSNSの話題を紹介しながら、世の中や人の気持ちの変化について語らい、色んな着想を得ているそうです。そして、私自身は電通の仕事とは別にNPOを立ち上げ、数多あるNPOのコミュニケーション支援をしています。いわゆるプロボノ(専門家が無償で行う社会貢献)で、例えば国際NGOのマンスリーサポーターを増やす活動や、英語を学びたい家族と訪日外国人をマッチングするNPOの課題に向き合っています。異業種のメンバー数名でチームを作り、平日夜や休日を使ってアイデアを出し合うことは、自らの訓練にもなっています。
きっと何でもいいはずです。「今まで自分が見てきた世界とは違うものを見て、自由に議論し、何ができるかを考える」-それこそが重要で、なおかつ人間らしくもあります。
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