「やさしさを、クリエイティブに。」のスローガンのもと、株式会社電通の社内有志で構成されるユニット「やさクリ」。2月1日、同ユニット代表の村田晋平氏を講師に迎え、ABCフォーラムを開催。
参加者494人が、同氏の熱意あふれるお話に引き込まれ、温かい気持ちと、明日からでも何かできそうな前向きな気持ちが広がりました。当日の講演要旨を下記に掲載いたしましたので、是非ご覧ください。
「社会課題というよりは、家族・友のためにって気持ちで」
~小さな広告・広報でも社会に対してやれること~
株式会社 電通 / コピーライター 村田 晋平 氏
地元熊本が被災したのを機に、コピーライターとしての社会課題解決に興味を持ち、こつこつと活動している。社会課題を学ぶ電通のクリエーティブユニット「やさクリ」代表。
NY ADC Merit賞、SEBRA AWARD WINNER、日本PRアワード準グランプリ、ACC、TCCなど受賞。 近年の目標は「知らない人にこちらから話しかける。」
私はコピーライターで、社会課題やSDGsの専門家ではありません。また、会社から取り組むように言われてもいません。広告・広報において、社会課題をビジネスにすることは難しいと実感しています。ただ、何かしら社会の役に立てないかと自分にできることを考えている人は、増えているように思います。私の周りには、自主的に社会課題に取り組む人が多く、そうした人同士がつながることには、大きな価値があると考えています。
ひとりひとりが身近な課題に向き合い、手を取り合えたら
身近な人間関係も社会に含まれるはずなのに、なぜか、社会全体を考えることと、家族や友人のことを考えることは、切り離されているように思います。社会の在り方をしっかりと学んで動き出すことは実に理想的で、SDGsを掲げる企業様がさまざまな取り組みから、新たな商品・サービスを生み出し、課題に向かう姿勢はまさに希望です。
一方で、私自身はというと、新素材もプロダクトも作れない。ルールも仕組みも作れない。争いを止めることもできず、命も救えない。できないことばかりです。しかし、社会を学び、家族や友人に目を向けて、何かできることをやる。それならば、私にもできます。そして、そうした観点からすると、広告・広報の「少なくとも誰かに何かを伝えることができる」という機能には可能性を感じます。私のアクションのひとつひとつは決して大きなものではありません。しかし、広告・広報に携わる多くの方々が身近な課題に一歩踏み出し、実行し、互いに影響を与え合えば、社会の大きさに近づいていくと思います。
私たちが変えていかなければならないこと
社会課題で素晴らしいキャンペーンを手掛けるA社に対して、競合B社の人間が「私にも手伝わせてください!」ということは、まずありません。しかし、一緒にやりたいと手を挙げたほうが、両社にとっても、社会課題の当事者にとっても良い、ということがあるかもしれない。オープンイノベーションと言われて久しい中、私たちの業界はそれを実現していけるか考えたいのです。そして、「インクルージョン」という大事な言葉を、どのように受け止められるでしょうか。
同郷や趣味でつながる仲間でも、競合プレゼンとなると、まるで鬼と戦うかのような、絶対に負けられない空気になります。しかし、本当に良いアイデアを導くなら、競合同士が長所を活かし、ひとつの案にまとめても良いはずです。「競争」によって豊かな社会になったことはもちろんですが、ほんの一部でも「共創」を採り入れると良いかもしれません。
後悔が動く力に -熊本地震からの覚悟
2016年に発生した、故郷・熊本の震災。当時の後悔が、今の私を動かしています。古くからの友人が営む花農家が、母の日を目前に断水となり、花が枯れる不運に遭いました。電通の若手社員だった私は、枯れた花をドライフラワーにして販売することで、少しでも生活の支えになればと思い立ち、花に限らず、震災で壊れたものをプロダクトにして、募金を呼び掛ける「熊本リメイクプロジェクト」を立ち上げようと動き出しました。地元メディアに相談し、「やろう!」となったものの、イニシャルコストが問題となり、協力を求めようにも、行政も大変な状況で、結局断念せざるを得ませんでした。
当時、親友に苦しい胸の内を話すと「本当にやりたいんなら、自腹を切ってでもやらんといかん。そこまでやるんだったら協力するのに、結局はお前が悪い」と言われました。私は腹を立てましたが、言われたことはもっともで、ずっと心に残っていました。以来「やった方がいいと思ったら絶対にやるべき」と考えるようになりました。そして、振り返ってみると、本当に相手に伝えるべきは、やりたいということはもとより、その「覚悟」ではなかったかと感じています。
for you —自己主張だけではなく、相手のために
商品・サービスは、誰かもしくは社会のために生まれてくるという前提のもと、本来は①商品等を広告・広報する、その結果、売れて儲かる、という流れだと思いますが、実際のところ②売って儲けようとする、そのために広告・広報する、という場合も見受けられます。現実はきれいごとばかりではないし、両者にほとんど違いはないかもしれませんが②の場合、社会の役に立つ機会を失う可能性があるように思うのです。
単に自己主張するのではなく、数字だけを追い求めるのでもなく、「for you(相手のために何かする)」とのバランスが重要ではないかと思っています。「相手のため」が、ただ笑わせるだけでも素晴らしい。そうした時、どんな小さな広告・広報でも誰かのためになり得ると信じています。コンシューマリズム(消費者主義)の価値観が世界的に変化を見せる中、広告・広報は一層感覚を研ぎ澄ますべきだと思います。
『いのちを守るマナー新聞』-迅速でフラットな情報提供を
20年3月、コロナウイルス感染症が広がる中、志村けんさんが亡くなり、私は、同年齢の父を失ってしまうのではないかと不安に駆られました。日に日にコロナに対する苛立ちが募り「何も思い浮かばないけど、何かしたい」という気持ちを抑えられず、友人に長文メールで思いの丈をぶつけてみました。すると、翌朝の返信で、友人は、ニューヨーク・タイムズ紙がマスク型広告枠を紙面に掲載したというニュースを教えてくれました。「新聞ってすごい!」―あらためて気づかされると同時に、正しい行動がまだ周知されていない状況下で、生活者に知ってもらうべきアクションがたくさんあることに思い至り、とりわけ命の危険にさらされている高齢者に効果的な、新聞を使った企画を詰めていくことに決めました。
4月第1週目、すぐさま、新聞社様に「自腹でもいいのでやらせてください」と相談したところ、こちらの熱意に応えてくださいました。翌週には掲載案が決まり、4月22日、新聞6紙のコロナ関連記事の下に、啓発広告『いのちを守るマナー新聞』が掲載されました。かなりのスピード感で進み、有事における新聞のポテンシャルの高さを実感しました。
そして、この取り組みを進める中、以前、尊敬するアートディレクターの大先輩から「長く続くものはつまらない」とアドバイスいただいたことを思い出しました。私は、この含蓄ある言葉に「企画や演出によって、太いテーマが細る危険性がある」という意味もあると解釈しています。『いのちを守るマナー新聞』では、フラットな情報提供に努めました。その結果、英語版が望まれてJICA(国際協力機構)に提供されたり、小学校から教材利用の申し入れがあったり、さまざまな広がりがありました。普段、広告表現を追い求める私たちですが、社会課題と向き合うには、このような考え方もできると学びました。私はただ長文メールを送りつけただけですが「やった方がいい」と皆さまが手伝ってくださり、輪が広がったからこそ実現した企画です。
何処かの街の君へ -ただ、感謝の気持ちを届けたくて
コロナ禍真っ只中、「エッセンシャルワーカーのご家庭が、幼稚園から敬遠されている」というニュースを耳にして胸を痛めました。当時、江崎グリコ様のチョコレートの広告をお手伝いしており、同社のブランド『GABA』のストレスを低減する特性と、チョコレートが持つ気軽な贈り物かつ感謝のしるしというイメージを重ね、身を粉にして働く医療従事者の方々に、とにかく「贈りたい」という気持ちが強くなりました。先輩と共に企画をまとめて提案したところ、当時の状況下で何ができるのかを考えていらした江崎グリコ様の意向とマッチして、すぐに進み始めました。これが「何処かの街の君へ」という企画で、CMを制作しました。
高校生の息子と暮らす女性タクシードライバーを主人公に、コロナ禍の中でも誰かのために頑張っている人たちの姿を映した群像劇を、シンガーソングライター・大橋トリオさんと芸人・みやぞんさんの優しい歌声が包み込み、「誰かのために頑張る人がいる。今ありがとうを届けよう。ありがとうが増えるほど世界はきっと良くなっていく」のナレーションで結ばれる心温まる作品になりました。その楽曲は広くカバーされ、今もYoutubeで歌い継がれています。この企画は当初の提案から話が膨らみ、江崎グリコ様のチョコレート3ブランドを横断する大きなキャンペーンになりました。また、勤労感謝の日に、東京FMでの特番『ありがとうのせかい』が設けられ、いろんなありがとうのメッセージが寄せられました。この機会に感謝のメッセージを送り合った人たちや、番組にメッセージを届けてくださった方々が存在することこそ、何よりの価値です。そして、グリコへの愛が紡がれ、同社のブランディングに少しでも寄与できたならば、大変喜ばしいことです。
フードロス解決を目指して-2つの異なるアプローチ
日本の大きな課題のひとつにフードロスがあることを知りました。「コロナ禍で人々の健康意識が高まる中、健康のためなら、見た目の悪さから売り物にならず捨てられてきた野菜が売れるのではないか」 この仮説のもと、Tokyo Good Manners Project様と手を携えて、免疫力・食欲不振・貧血など、効能別に野菜を陳列する薬局のような空間「地球も人も治したい八百屋」をつくりました。見た目ではなく、体調に応じて野菜を買える体験を提供しました。看板や陳列棚、処方箋袋のような買い物袋など、自分たちで手作りし限りある予算の中で極力お金を掛けず、チーム一丸となって形にすることができました。この経験から、同じ志を持つ仲間が集まれば、何とかなることを実感できました。
そして、昨年には Itochu SDGs Studioにて「アートな青果展」を開催しました。フードロスの最大の問題は、無意識にきれいなものを選び取る消費者側の価値観にあります。人の多様性は認められるのに、フードはどうなのか、という投げかけです。この考えを広めるため、野菜のひとつひとつの形を個性と捉え、彫刻・絵画・写真・音楽・物語で表現しました。野菜の理解が深まる「かるた」の言葉あそびも大変好評でした。根深い問題は、未来をつくる子どもたちやその親御さんも巻き込んで、長期的にコミュニケーションを取る必要があると感じています。
「社会を変えるアイデアフェス」-想像力が、いのちを救う
会社でお世話になった田中先輩の息子さん・けんち君は、再生不良貧血という血液の難病を抱え、骨髄移植が必要な状況にありました。先輩が骨髄ドナー普及に向けたアクションを起こしていることを知った私は、何か力になりたいと連絡を取り、同じように先輩を知る人たちと共に、ひとつのプロジェクトを立ち上げました。ちょうど骨髄バンクの設立30周年と重なったこともあり、まずは活動方針を定めることから始めました。私は、早くドナー登録者を増やさなければ、けんち君の身が危ないという一心で『今日を、誰かを救う日に』というステートメントを用意したところ、先輩は「難病を抱える誰かを自分の家族同様に考える」という想像力こそが大切だと思う、と話されました。視座の高さに感銘を受け、『想像力が、いのちを救う』に改めました。このステートメントのもと、若者からアイデアを募るコンテストを開催し、メディアの皆さまに発信いただくことで、スポンサー様のPRにもつなげる枠組み「社会を変えるアイデアフェス」が固まり、当社と日本骨髄バンク様の共同主催という形で、同団体全国大会の広島開催にあわせてイベントが実現しました。
2日間の熱心な活動を終えて、大学生や高校生が聞かせてくれた「ドナー登録したい」「友達にこの活動の意義を伝えていきたい」という感想に、私たちの気持ちが確かに伝わったことを実感し、嬉しく思いました。活動を通じて高校生が考案した、スポーツ観戦で選手も患者さんも応援できる特等席「ピースドナーシート」は、その年のⅤリーグ・ファイナルステージやセ・リーグの広島対阪神戦で実現しました。若者の純粋なアイデアが協力者をひき寄せ、それが新聞記事になったり、ニュース番組に取り上げられたりと、皆様の力で持続的なキャンペーンになりました。
触れ合うことから、多くの学びを
視覚障がいがあってもウインドウショッピングを楽しめるアプリ「LISTENING WINDOW」の開発を続けています。iPhone13Proに、形状把握や自動運転技術に利用されているLiDAR(ライダー)というスキャナ機能が搭載されたと聞き、これからはスマホが目になっていくと感じたことがきっかけです。
視覚障がいをお持ちのご夫婦にお話を伺ったところ、想像と実態の乖離に気づかされ、知れば知るほど「やった方がいい」ことが湧き出てきました。「道が分からず、周りに声をかけた時、5人に1人が立ち止まってくれれば良いほうだ」というお話に、普段から触れ合う機会がないことが良くないと感じました。だからこそ、障がいを持つ方が積極的に外出できる環境づくりと、話すきっかけが必要で、そこに開発の意義を見出しました。
ご夫妻には、アプリを使用したウインドウショッピングを体験していただきました。首からスマホをブラ下げて歩くと、カメラがお店のロゴを捉えてAIが判別し、音声機能が店舗名を伝えてくれます。「目が見えた頃のように、また自分で自由に歩き回りたい」という奥様の感想から力を得るとともに、この課題に着手した責任をあらためて感じました。これを事業として成立させるには、健常者を含めた大きなニーズが必要ですが、ダイバーシティ&インクルージョンの中にこの活動を位置付けられるなら、大きなチャンスです。GPS機能だけでなく、ChatGPTの力も得て、誰もが街歩きを一層楽しめるようにアップデートしたいと思っています。本プロジェクトは協力パートナーを募集していますので、ご興味ある方は気軽に連絡ください。
いずれの事例でも、私は企画に携わったうちの1人でしかありません。社会課題はすべてが繋がっていて、ひとつの課題に取り組むにも、実に多くの視点が求められます。そして、仲間が集まれば、手弁当だって十分に形にすることができます。「それやって意味あるの?」と問われても、負けては駄目です。ひとりにでも伝われば、決して無意味ではありません。「自分はここまでしかできなくても、誰かがバトンを受け取って進めてくれる」 1ミリずつの前進でも構いません。広告・広報は色々な人が行動し、影響し合っていけば、大きな力になっていくと思っています。
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