当協会では、開発委員会・勉強会を4月12日、Zoomによるオンラインで開催し、420人にご参加いただきました。当日の講演要旨を下記に掲載いたしましたので、是非ご覧ください。
コロナで移動はどう変わったか。 アフターコロナの移動者インサイト
中里栄悠氏
株式会社 ジェイアール東日本企画
ストラテジック・プランナー(Move Design Labプロジェクトリーダー)
日本は「移動減少社会」
私たちは生活者を「移動」の視点から研究しています。特に通勤、通学や買い物などの日常移動に注目し、“サードプレイス”の考え方から自宅(1st place)、会社・学校(2nd place)、そしてそれ以外(3rd place)の3つの場の往来として移動を捉えています。また、それぞれを目的地とする移動を1st移動、2nd移動、3rd移動と呼んでいます。
私たちが22年に行った調査では、18~79歳の生活者のひと月当たりの平均移動回数は42.3回(1st移動回数除く)と推計されました。年齢別でみると3rd移動は若い世代で多く、年を重ねるにつれて徐々に減少していきます。これは家族構成やライフスタイルの移り変わりの影響が大きいと考えられます。60代以降になるとそうした移動は再び増加しますが、これはリタイアや定年などで減少する2nd移動を埋め合わせようとする行為と捉えられます。 ところで日本はいま緩やかな「移動減少社会」にあります。国土交通省「全国都市交通特性調査」の外出率は年々下降線をたどっていますが、その原因はスマートフォンの普及が大きいとみています。私たちは移動減少社会は経済を停滞させ、人の幸福感にも負の影響を与えるため、解決すべき社会問題と考えています。
ポストコロナは「移動デザイン時代」
世の中のデジタルシフトで先ほどの「3つの場所」のパワーバランスは変わりつつあります。以前より普及していたネットショッピングに加え、コロナ禍でテレワークや遠隔授業が浸透し、自宅(1st place)にいるだけでも事足りるようになりました。こうした現象を私たちは「ファーストプレイス化」と呼んでいます。その結果、それまで否応なく必要だった移動は“選択肢”となり、移動するか、さらにどこへ行くかに関しては個人の裁量によるところが大きくなっています。まさに「移動デザイン時代」。個人が移動をどう編集していくかが問われる時代の到来です。若年の過半数は自身を“ひきこもり”と自認する一方で、男性20代以下の移動はコロナ後に増えているという驚きのデータもあります。当初の外出自粛で情報収集に十二分な時間を充てたデジタルネイティブたちは「新しい趣味ができた」と、サウナやキャンプ、“推し活”に出かけ、時間とお金を使いはじめているのです。
実は移動は減っていない
たしかにコロナ初期のパニック時こそ移動は大幅に減りましたが、私たちの調べではひと月当たりの平均移動回数は昨年時点でコロナ前とほとんど変わっていません。生活者の移動への欲求は根強いと言えます。その一方でテレワークは有職者の2割強に定着しました。密になりがちな公共交通の利用を敬遠する意識もまだみられます。こうした現象が今後どうなっていくか、私たちは注目しています。 ただ、それより目につくのは、買い物・外食・国内旅行といった移動行動の多くがいま緩やかなリバウンド状態にあるということです。そうした中、“好き”を求めアクティブに活動する移動者と、自宅にとどまる人との“移動の格差”は確実に広がっています。この現象はむしろマーケティング機会と捉えられると私は考えます。
移動を狙えば、“買う”はつくれる。
ひと月の移動回数上位と下位の各10%の平均値を比較すると、95.3回と2.4回と約40倍もの開きが見られます。これはコロナ前2019年の25倍を大きく上回ります。移動が多い生活者は、消費行動に先行性があり、オピニオンリーダー性も持ち合わせています。新しいことに真っ先に飛びつき、周囲に影響を与える様子はさながら“ファーストペンギン”のようです。 加えて、生活者(16~59歳)の買い物行動の3件に1件は実は移動中に決めているというデータもあります。衝動的にふらっとコンビニに立ち寄ったり、自販機を見てつい飲料を買ったことを思い起こせば、誰しも頷くはずです。 移動が多いほど年収が高いというデータもあります。移動デザイン時代における「移動」は、今後、行動ターゲティングとしてはもちろん、デモグラ的にも、サイコグラフィック的にも極めて価値が高いターゲットの切り口だと考えます。
When to say / Where to say
会社帰りの電車内で目にした高級アイスクリームの広告に誘われて、ご褒美に自宅までの道すがらコンビニに立ち寄る―まさに移動を狙った好例です。情報であふれる中、「いつ伝えるか」という視点は大切な視点。その際、時間帯による移動者の気持ちの移り変わりに注目すべきです。平日出勤時間帯の憂うつな気分と、金曜16時台の解放感を例に挙げれば、どちらが好意的に情報を受け入れやすい心理状態にあるか、言うまでもありません。 「どこで伝えるか」も重要です。例えば化粧品カテゴリーであれば、表参道という街は同カテゴリー関与者の含有率が他の街よりも高い。ターゲットを追い回さずとも、適切な場所に構えてマーケティングを仕掛けることで“ファーストペンギン”にも出会えるはずです。情報過多な時代ですが、「いつ、どこで伝えるか」を見極め、刺さるタイミングを掴めば、ブランドはもっとうまく生活者との距離を縮められます。これらは広告がノイズとして嫌われる現代において重要な視点だと思います。
What to do の時代へ
最近、駅の広告をスマートフォンで撮影する人たちを見かけることも多いのではないでしょうか。2022年の調査では、「電車や駅の広告の写真をSNSなどでシェアすることがある」と回答した人は15.9%。これは2年前と比べて約2倍のスコアです。 自らが知り得たことを誰かに教えることで自身の記憶が定着することは学習メソッドとしてよく知られていますが、ブランドと消費者の関係づくりにも活用できます。ネットでいつでも手に入る情報ではなく、その瞬間だけの体験を誰かに語る、あるいはSNSで拡散することで、自身のブランドに対する愛着は一層強くなっていきます。「シェアは人のためならず。」だと私は考えます。 メディアがほぼ固定されていた時代のコミュニケーションはwhatやhowが議論の中心でしたが、先述の通りこれからはwhen、whereの視点が求められます。さらに言うとブランドは今の時代に何をするのか、つまりWhat to doが問われます。そうした中、コロナを経て変容する“移動”の視点からアプローチする価値は小さくないのではないでしょうか。「移動を狙えば、“買う”はつくれる。シェアも作れる。そしてブランドLOVEも作れる。」私はそう思っています。
※データは全てjeki Move Design Labの調査による。
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