メディアのブランド力で拓く、これからのコミュニケーション
~ 湘南える新聞社 『湘南える』
2019年10月、多彩な事業会社が顔をそろえる4976(よくなろう)グループの一員として設立された湘南える新聞社。同社代表取締役かつ関連各社を代表する桑名伸氏は、全事業に通底する理念として「商売力」を掲げている。そして、同氏が説く“力”には、企業としても一人ひとりと真摯に向き合おうとする、温かみがある。「どうすれば相手を喜ばせることができるのか」ー創刊5年ながら、読者にしっかりと寄り添い、地元メディアとして独自の地位を築いてきた『湘南える』。現場で舵を取る編集長・町田洋子氏、営業部ディレクター・大場耕氏のお話からも地域に暮らす人々、行政、企業の気持ちを考え抜く姿勢が見えてくる。(取材日:2025年4月22日)
-湘南の爽やかなイメージと重なるカラフルな表紙は地域にしっかり定着しているようですね。
当社は、相模湾に臨む湘南地域の一角・藤沢市を中心として、フリーペーパー『湘南える』を隔週発行しています。市内の江の島をはじめ、隣接する鎌倉など、観光資源に恵まれた地域でもあり、毎号1万部を公共施設や湘南地域のJR・私鉄各線の駅に設置しています。ラックからのぞくカラフルな表紙を目にして、手に取ってくださる方も多くいらっしゃいます。そして、別途10万5千部を戸別配布しています。都心にアクセスの良い藤沢市は、コロナ禍でリモートワークが定着したこともあり、いまや小学校の新設が検討されるほど人口増加率が高い場所です。読者アンケートでは「引っ越してきて、まだ何も分からないので頼りにしている」といった声が必ず聞こえてきます。一方で、本紙で紹介した路地裏のお店に「長年暮らしていながら初めて知った」という感謝のお便りが届くこともあり、地域情報紙として、双方の読者に応えていく必要を感じています。
その上で、本紙は、「これが湘南のライフスタイル」というような何かを押しつけることがないようにしています。どこかのんびりとして、自分の暮らしを楽しむ湘南の皆さまには馴染まないはずです。それよりも、それぞれに魅力的な皆さまを、さまざまな形で本紙に迎えることで、表紙に負けないほど、内容に彩りを持たせたいと考えています。実際のところ、本紙に登場された読者が、バトンを繋ぐように素敵な方をご紹介くださり、その輪は湘南地域に広がっています。
-幅広い世代の読者に支えられていると伺っています。
「笑顔あふれる」の頭文字と最後の一文字をとり「える」と名付けた本紙には、題号にちなんで、素敵な笑顔の読者を紹介する「えるスマイル」のコーナーがあります。自薦他薦問わず、ご応募いただいた中からモデルを選考し、プロカメラマンの珠玉の一枚とともに、湘南愛あふれるコメントを掲載しています。以前、素敵な着物姿の高齢女性が、自ら手を挙げてくださり、その近影とコメントに惹かれた若い読者から「私もあんな風に歳を重ねたい」という声が届きました。ほんの一例ですが、ふたりの読者の姿に、本紙を通じて世代が繋がるような喜びを覚え、この結ばれた線を、これから太くしていかなければと気持ちを新たにしました。
各世代の読者は点で捉えても、それぞれに存在感を持っています。例えば、高齢者介護施設の選び方について本紙で紹介し、勉強会参加を呼びかけた際には、老親を思う世代だけではなく、70〜80代の方から数多くの問い合わせがあり、シニア世代がこれほどまでにアクションを起こしてくださるのかと驚きました。
当社には、さまざまな世代の読者から「私たち世代向けの『湘南える』なら、もっとこうした情報があっても良いのではないか」とご意見が寄せられます。皆さまが本紙を“自分たちの情報紙”と受け止めてくださることは、紙面づくりの大きな励みになっています。
-紙面からは貴社の「地域をつなぐ」役割が見えてくるようです。
子育ての悩みにお応えするコーナーでは、先輩ママとして本紙読者からのアドバイスを掲載しています。紙面を埋め尽くすほどの文量は、編集セオリーから外れるかもしれませんが、後輩を想うメッセージをできる限り掲載しています。専門家の見解を含めて、子育て中の読者はしっかりと読み込んでくださり、ひとつのコーナーながら心の拠り所になっている様子が分かります。紙幅を割いて色々な意見を紹介し、答えをひとつに決めていないことが、支持される理由に繋がっているように感じます。
子育てに限らず、転入世帯は困りごとがあっても周囲に頼りにできる人がおらず、孤立しがちです。そうした中で、本紙は頼られる存在でありたいと考えています。紙面を通じて、両隣に気軽に相談できる長屋のような繋がりができれば、この上ありません。本紙をハブとして地域に暮らす皆さまの知見が共有され、心も通うなら、一層深みのある紙面になるはずです。
-紙面にとどまらない発信力は、行政や団体からも頼りにされているようですね。
ありがたいことに、昨年から、藤沢市の一大イベント・ふじさわ江の島花火大会の情報発信をサポートさせていただいています。「設置型パンフレットで、どれほど市民に周知できているだろうか」ー地元観光協会が自らの施策に感じていた疑問や不安を伺いながら課題を洗い出し、まず、本紙を大会特集8頁でラッピングし、当社の配布網でご家庭にお届けする方法を採りました。大会当日には、パンフレット代わりに特集の別刷1万部を会場配布しています。そして、特集に盛り込んだのは、花火師にスポットを当てた取材記事です。職人の手仕事だけではなく、イベントが御法度だったコロナ下で、アルバイトをしながら家業を守った苦労話なども丹念に伺い、動画にも仕立てました。夜空に打ち上げられる大輪の花火を、裏方のドラマと重ねながら眺めた方は多かったはずです。当社の企画力をもって、大会にストーリー性を持たせることで、全国に数多ある花火大会の中で、独自色を打ち出していくつもりです。
また、当日までのカウントダウンを楽しめるように、ポップアップ展を開催しました。藤沢駅北口地下広場をポスターや紙面で彩り、デジタルサイネージで動画を流すなど、大会に向けて雰囲気を醸成していくことに努めました。こうしたメディアミックス戦略の中で、大会特設サイトが中核的な役割を果たしました。取材記事・動画のほか、大会にまつわる豆知識のようなコンテンツも用意し、協賛企業はリンク付きでご紹介するなど、ウェブならではの奥行きをもって発信しました。今後、当社の特設サイトが、江の島花火大会の情報源として定着していけば、協賛企業にも期待以上のお返しができるはずです。
-スポーツを通じた地域振興にも、貴社の存在感を感じます。
湘南ベルマーレの開幕戦に向けても、例年力が入ります。同クラブともなれば、スポーツ新聞・雑誌に取り上げられる機会が多く見受けられますが、そうしたメディアと専門性で競うことはできません。本紙はサポーターの目線を徹底し、監督・選手に並ぶ取材対象にもしています。当社は、スポーツ情報全般を担当するスタッフを「えるスポーツキャスター」として任命しています。選手たちと年齢の近い女性グループに、監督を含めて気負いなく接してくださるので、人柄が感じられる良いコメントを引き出してくれます。彼女たちはサポーターにも親近感をもって迎えられています。時に新鮮な目線で質問をぶつけ、いつも素直に感想を語る姿は、新たなファン獲得にも一役買ってくれており、若年層の取り込みを命題とするクラブ側の期待にも応えています。花火大会同様、紙面や特設サイト、ポップアップ展の相乗効果で、地元チームの船出を後押しできました。中でもファン垂涎のグッズが並ぶプレゼント企画は大好評で、特設サイトでも遠方にお住まいのファンからのご応募を受け付けました。「どうすれば相手を喜ばせることができるのか」―それは紙面づくりだけの理念ではありません。デジタルコンテンツほか、あらゆる施策に血を通わせていきます。
-若者との連携に将来への期待が膨らみますね。
当社は、藤沢市内でもとりわけ活気のある辻堂地区で、春・秋の年2回開催される「辻堂フェスティバル」に参画しています。産学官連携のもと、大型商業施設と個人商店が共栄する道を探るなど、ESGの観点から未来のまちづくりをテーマに開催するイベントです。地元事業者だけではなく、地元及び近隣の大学からゼミ生がブースを出展し、企業とのコラボで開発した商品を販売したり、卒論を発表したりと賑わいを持たせてくれます。協賛企業の理解もあり、学校側の費用は全額負担するなど、10年あるいは20年後を見据えた取り組みとして継続しています。
今春も、高校生・大学生からなるボランティア団体の出展があり、サポートもしてくれました。本紙でも縁がある、もともとは高校生発の団体ですが、今、成長した彼らと、こうしたイベントでも手を携えています。本紙が育んできた地域のつながりは、さまざまな形で実を結びつつあります。
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